「土用の丑にうなぎ」の風習成立に源内の関与があったとエクストリーム擁護してみる https://mitimasu.fanbox.cc/posts/4165057
という記事を過去に書きました。
源内アイデア説は確実にガセですが一蹴してもつまらんなと思って。
基本的な部分から整理していきましょう。
源内がウナギについて述べたのは風俗情報誌に書いた
「岡場所の女郎と吉原の女郎なんて、旅ウナギと江戸前ウナギほどにもちがわない」
という一文のみです。
ここから当時
「江戸前のウナギは旅ウナギより段違いに美味いと世間に認知されていた」
ことがわかります。
江戸前のウナギと言った時の江戸前とは江戸湾全体ではなくもっと狭い範囲でした。
芝や日比谷入り江さえも含まず、隅田川の河口(浅草と深川)で獲れたウナギだけが「江戸前ウナギ」でした(『本草綱目啓蒙』)。
旅ウナギとは遠方から運ばれたウナギです。
「冬の丑の日(※土用とは限らない)に唇に紅を塗る」「夏と冬の土用の丑ににウナギを食べる」という風習は天明・安永の頃に始まりました(『明和誌』)。
丑の日に限定するとか土用に限定するとか、現代から見るとまじないですが、当時としては陰陽五行に沿った理論的な処方です。
陰陽五行だってもともとは中国土着のまじないを学問化したものではありますが、ともかく江戸時代人にとって陰陽五行説は「根拠のある理論」であって「根拠のないまじない」ではありません。
中世人の認識は、「ウナギを食べると夏バテしない」ではなく「夏痩せに効く」でした。
ウナギがカロリー爆弾なことは万葉集の時代から知られていました。
そして中世以前の冬と夏は食料の不足する季節で、栄養失調は深刻な悩みでした。
ですから冬と夏のウナギ食は夏痩せの治療や予防として行われていたのです(『天保佳話』)。
そこに陰陽五行が混じり込んではいますが、先述したようにまじないではなく、当時の漢方医療にもとづく処方として「冬と夏の土用丑にウナギ食」が始まったのでした。
整理します。
* 源内の時代、遠方から運ばれるウナギがあるくらいウナギ人気があった
* 隅田川河口でとれる「江戸前ウナギ」は「旅ウナギ」より段違いに美味しかった
* 天明期には冬と夏の栄養失調予防として「土用丑ウナギ食」が始まった
では、ここから憶測が始まります。
! 「江戸前ウナギ」が人気だったのは貴重な「海ウナギ」だから
冷蔵・冷凍のない時代ですから、運ばれる距離が短いほど鮮度が良く、旅ウナギが美味しくないのは自明の理でした。
しかし江戸前(隅田川河口)に限定されたのはなぜでしょうか?
そもそもウナギは川で獲れるものでは?
実はウナギのなかには一生を海ですごす海ウナギがいるのでした。
江戸前で運よく獲れた海ウナギは新鮮かつレア感のあるウナギだったのでしょう。
! 水温上昇を避けて海ウナギは夏の前に河口へ寄ってくる
一生を海で過ごす海ウナギも夏の暑さは耐え難いようで、夏の始まるころ水温の低い汽水域に移動します。
江戸湾に注ぐ川はなんといっても隅田川です。
渋谷川や目黒川なんかとは水量が違います。
梅雨で水温の下がった、ウナギの好む濁った水が注がれるのはなんといっても隅田川でした。
夏のあいだ、隅田川河口(江戸前)では貴重な海ウナギがおもしろいように獲れたのでしょう。
! 夏の土用は梅雨明けの象徴
梅雨というものはいつからいつまでとはっきり決められるものではありません。
しかし土用干しという習慣があるので、夏の土用は梅雨が終わった時期だと認識されていたと考えられます。
夏の土用は消費者には梅雨のうっぷんを晴らしたい時期であり、商人には梅雨のあいだの売り上げ減を取り戻したい時期でした。
! 梅雨明けに散財したい江戸っ子に最適だった「土用丑のウナギ」
梅雨も明けたことだし、パーッとなにかに使いたい。
ごちそうが食べたい。
すると、夏以外にはあまり獲れない「江戸前ウナギ」が大量に獲れて手ごろな値段になっている。
江戸っ子の好きな初モノではないにせよ、その夏のはじめの「江戸前ウナギ」である。
ちかごろは冬と夏の土用丑にウナギを食べる健康法があるとも聞く。
! 江戸の人口の7割は男性。源内が風俗情報誌に書いたコラムは広く読まれていた可能性がある
ああ、そうだ、若いころ読んだ風俗情報誌でも平賀源内が江戸前ウナギを絶賛してたっけなあ……
なんて思いだしたりもして。
値段が手ごろで、初モノっぽさがあり、栄養失調予防にもなる。
若いころに源内のコラムを読んで影響を受けた世代が
「かーっ、江戸前ウナギは格別だねえ」
なんて気取りたくて買い求めちゃったりして。
こうして「夏の土用丑にウナギ」が爆発的に広がり定着した。
ブームの陰には平賀源内のコラムの影響も少しあったのかもしれない……
というエクストリーム擁護でした。
つまり「ここから憶測」と書いた後は、ようするに憶測です。