有名だったり名著と言われてるものが必ずしも講義に利用するテクストとして優れてたりその先生の講義に使えるか、あるいはマッチしてるかはまったく別ですからね

古本屋とかけまして、みんな小さな声で話しているとときます。その心は、こしょがいっぱい。

仮に後輩と付き合いない人でも、大学ってのはそうした人が中古本買ったり売ったりするエコシステムがあってそのために古書店が近くにありがち

学問やるんだからテクストくらい買ったらええねん、どうしてもやっぱ要らんかったなって思えば後輩に二割引きくらいで売り付けちゃえ

教科書はその場で使えるのもそうだけどただの講義資料と違って網羅性があるので後で辞書的に使える利点があって、数年後、数十年前経ってから本棚ひっくりかえして手繰って講義の思い出を呼び起こすヨスガにもなるので、やっぱりあれはあれであるといいんですよ

うーん、具体的な名前出すのはアレだけど、菊池先生とかは講義資料として配布してくれるんだよな。そういう人に慣れてしまったせいで、過剰に反応してしまっているのかもしれん。
あと、銀行から定期的に引き落とされる出費よりいま自分の財布から出さなきゃいけない出費の方が痛く感じるのかも。

むしろ業績になる論文書く時間を一部捨ててまでわざわざ教科書を書くなんてよっぽど講義に熱心なのか、さもなくばよほど付き合いの出版社の人間に懇願されたのか、どっちかでもなければやらんのでは

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人文系はともかく自然科学で教科書かいてもべつにあんまり実績にはならないし、かといって印税が給与の助けにはなににもならないんだからやはり単に教科書として使いたい便利な自分流のテクストが欲しい以外の理由はないはずだし

さっき書いた赤字云々は教科書を書くことと買わせることについてのみの天秤のハナシをしてて、自分の著作を買わせようと買わせまいと、教職員の給与の話はまったくしていない(し関係はない

そもそも本を買わせないと赤字になるような給与体系がおかしいと思う。

そしてそこらの小説とかより高いのは数が捌けない専門書の常なのでそれもまあ

講師の小遣い稼ぎかよ!みたいな批判もあんまりそれにあたらなくて、毎年せいぜい数十人が買ってもべつに印税はぜんぜん入らないし著作を編む労力や時給換算したコストで考えたらむしろ赤字だろうとも思う

ある分野の教科書が教えたい内容や最新の理論に必ずしも基づいてるとは限らないし、自分が講義するなら自分の流儀に沿ったテクストがあるのが便利なのは確実なのだろうし。べつに講義スライドとか毎年用意しておくのでもよいと思うけど、著作を編んだらそっちのほうべんりだから使おってなるのになにも問題はないと思うんだけどな

自分の著作を教科書にすることのなにが問題視しているのかさっぱりわからず

令和になっても講義の教科書に自分の著作を買わせる教授がいることに失望しています

@orumin たとえば今手元にある、TRPGシステムの一つ「エクリプス・フェイズ」の私家版日本語訳ハンドブックを開くと次のような記述が見つかる
> 『エクリプス・フェイズ』では、無作為な数値を生み出すの
に二つの10面ダイス(d10 と呼ばれます)を使います。ほ
とんどのテストでは、二つの10面ダイスの出目を2ケタの
数字と解釈して0から99の数字(両方がゼロなら、100で
はなく0です)を求める「パーセンテージダイス」(d100)が
必要になります。

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