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陰徳太平記 輝元卿廣嶋ニ於城ヲ移被事 15

北ニ新山阿生ノ大山有ヲ。
錘山龍盤石頭虎踞ノ形象アリ。
可部川北ヨリ来テ西東ヲ周廻シ。
不測ノ淵ニ望タレハ不用利阻三而。
守獨以一面山河之形勢。
田里之上〓5。
可謂金城千里天府之國也。

〓5…u8184(膄)

訳:
北に阿武山という大山があった。ここは龍がのたうつように渓流が深い谷をめぐり錘山が林立し、前方に虎がうずくまっているのので前に進めないように岩盤の露頭があちこちにあって歩きづらい、険しい地形であった。

可部川(現・太田川)は北から流入し(主郭の)東西を周廻して流れている。
(この東西を周廻する川は)不測の事態(籠城戦)に臨むときのためのものである。利便性を優先して(土や石で)満たして塞いではいけないぞ、と。
籠城とは(城のある土地の)一面の山河の地形をもってするものだからだ。

この土地は上流部ほど狭まっていた。
(そういう様子であったから、首都を新都市に移した毛利家の支配地域は)ゴールデンキャッスルスーパーワイドメガロポリスカントリーと言うべきであった。

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コメント:
>錘山龍盤石頭虎踞ノ形象
単なる比喩でしょうが、愚直に訳してみました。龍盤は深い谷川が無数にあると読みます。そして、巨石の露頭があちこちにあるので(前方に虎がうずくまっていると怖くて進みづらいように)進軍の難しい山であると。

>可部川北ヨリ来テ西東ヲ周廻シ。
この時代は太田川の上流部を可部川と呼んだのでしょう。五箇ノ庄があった巳旻ノ川は支流の一本でしょうか。問題は次です。
>不測ノ淵ニ望タレハ不用利阻三而。
「不用利阻三而」が、まったくわかりません。タスケテー

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不測ノ淵ニ望タレハ…は、いざ敵が迫った時でOKでしょう。
不用利阻三而…書写本のルビに従えば
「利(り) 三を阻(たのむ)ふを用いざるそ(※最後、送り仮名不明瞭)」
と読むのでしょうか。まるで意味がわかりません。

明治時代の活字起こしは最後の不明瞭な送り仮名を忠実に再現していてヒントにならず。ふざけんな。
しかし、「阻(たのむ)ふ」というルビ・送り仮名は無視しています。これは明治人、書写本のルビを疑ったのでしょうか?私も明治人に賛成です。
というわけで、かなり推測を含めて意訳しました。

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川が城の東西を囲むように流れているという前フリからの有事の際の話です。防衛上、河川を濠として使うことの話とみて間違いありません。
したがって三は「ミツ=満つ」と考え「利に三を阻(ふさ)ぐを用いざるそ」と読みました。

あるいは返り点から間違ってて「利を阻(たの)みて三を用いざるそ」かもしれません。
つまり、商業的・生活的な利便性のために城の東西を流れる河川を埋め立ててはいけない(命令)、という解釈です。送り仮名は「ソ」でしょう。命令形+強調の「而」があるので、読者への戒めと読みました。

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>田里之上~
も、やや悩みどころです。上流部の狭くなってるのの、どこが利点なのか。逆説的に、下流ほど平坦地が広がっているんだよ!ということでしょうか。自然流加に頼るしかない時代ですから、高地が広くて低地が狭いのは、稲作に不向きです。

>金城千里天府之國
は、美辞麗句を並べてるだけなので、訳もおちゃらけました。

続きは後日。

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