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陰徳太平記(1)
宣伝のためのネタも枯れたので、陰徳太平記の「輝元卿廣嶋ニ於城ヲ移被事」を見ていきます。広島は研究のきっかけになった城下町ですし。
広島選地の基礎史料ですが、本編ではとりあげませんでした。

『近世大名は城下を迷路化なんてしなかった』blog.masuseki.com/?p=13620

陰徳太平記(2)
dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/77
本編でスルーした理由は
「町割りの話は少ない」
「現代語訳が見つからない」
「自分で訳すには難解な部分が多い」
「虚飾が多く含まれているらしい」
というあたり。
教育社新書の原本現代訳は、抄訳であり、この逸話は見つからなかった。

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陰徳太平記(3)

輝元卿廣嶋ニ於城ヲ移被事
輝元卿常ニ宣シハ。
国君ノ居所ハ萬人ノ都会所也。

輝元公が広島に城を移されたこと。
輝元公は常日頃からこうおっしゃられていた。
国のトップの居場所は大人口の集う都会(がふさわしいの)であると。

続きは後日。

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