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浜松の道幅(11)
この問題への筆者の最初の推理はこうでした。慣用句で広いようで狭いと言えば、「世の中」が筆頭です。浜松は東海道のちょうど中間。まだ半分。日本は広い……と思いきや……
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『近世大名は城下を迷路化なんてしなかった』 blog.masuseki.com
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浜松の道幅(12)
静岡エリアでは最大の宿場町なので、知人に出会ったり、名前だけは存じていた人を紹介されたりが多かった。かくして「世の中は広いようで狭い。遠州浜松のように」というフレーズが一時的に流行したのではないか?と。

浜松の道幅(13)
「遠州浜松広いようで狭い、横に車が二挺立たぬ」
は、それを踏まえて、世の中の話だと思わせておいて、なんでえ、道幅の話かいバカヤロめ、というボケだったのではないかと推理しました。横に車が~も並列駐車ではなく、道の向きに対して垂直に、というボケと解釈します。
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浜松の道幅(14)
一見、筋は通っていますが、筆者はこの推理を撤回しました。件の俗謡以前に、世の中広いようで狭いの例に浜松を用いた文献が見つからなかったのが理由のひとつ。もうひとつは、出典である『山家鳥蟲歌』は狂歌的なボケのある歌を集めた本ではなかったからです。
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浜松の道幅(15)
『山家鳥蟲歌』は、まず間違いなく、諸国の民謡を収集したものです。したがって、問題は振り出しに戻ります。つまり、
* 浜松の街路はおおむね横に車が二挺立つ道幅
* しかし地元民による歌であり、道幅のことでしかありえない

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浜松の道幅(16)
この問題を解決する明確な証拠を筆者はみつけられませんでした。そんなものがあったら、山東京伝も中里介山も、俗謡の後半を無視したりはしなかったでしょう。
しかし、もっとも妥当と思える解釈には至ったので、明日はそれを述べて、この問題にケリをつけます。
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浜松の道幅(17)
なお、車を荷車ではなく山車や屋台と見て、お祭での歌という解釈もありえますが、賛同しません。
山車や屋台を車と言い換える必要がありませんから。また「遠州浜松~」の歌が地元の祭りで歌い継がれた形跡は見当たらなかったので。
(後日に続く)

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