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浜松の道幅(8)
矛盾回避のため「横に車が~」以降を無視し、道幅のことではなく都市の規模だとする人が多かったようです。画像は『大菩薩峠 東海道の巻』。明治後期の浜松を「いまや狭いようで広い」と表現した人も。

『近世大名は城下を迷路化なんてしなかった』blog.masuseki.com/?p=13620

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浜松の道幅(9)
浜松市史が述べたように、浜松宿の周辺部の新町は町裏に入ると郊外で、旅人の印象ほどは大きくない町だったかもしれません。太田南畝は蛙の合唱を聞き、弥二さんが洗濯物を幽霊と間違えるほどの漆黒の闇がひろがるのが浜松でした。
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しかし、そういう町は浜松に限りません。
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浜松の道幅(10)
俗謡は、例えば勢州安濃津だっていいわけです。しかし地名違い版は見当りません。浜松に限る理由があったと推測できます。「横に車が~」を無視はよくなさそうです。かといって町裏の小路という解釈も難があります。これまた、どこの都市でもそうだからです。
(後日に続く)

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